テープを引き抜くと、一瞬のうちにラベルがリボンに早変わり──。
遊び心あふれる仕掛けで、発売直後から大きな反響を呼んでいる
コカ・コーラ」と「コカ・コーラ ゼロ」の“リボンボトル”。
いつもの「コカ・コーラ」をスペシャルなギフトに変える、
大胆でユニークな発想は、どのようにして生まれたのか?
プロジェクトを先導した日本コカ・コーラ株式会社 マーケティング本部の西村香里さん、
そして、パッケージの開発を担当した松岡建之さんと村田昌美さんに、
今回のキャンペーン実施に至るまでのバックストーリーと
“リボンボトル”に込められた想いを伺いました。

文=庄司里紗
写真=村上悦子

 

■ラベルがリボンに変身する魔法のボトル

──11月7日に発売された「コカ・コーラ」と「コカ・コーラ ゼロ」の“リボンボトル”ですが、ラベルがリボンに変身するという発想は衝撃的でした。今回のウィンターキャンペーンの「オドロキを贈ろう。」というテーマにも、まさにぴったりですね。

すべては“前例のない挑戦”から始まった。日本初上陸「コカ・コーラ」リボンボトル誕生までの道のり [前篇]

すべては“前例のない挑戦”から始まった。日本初上陸「コカ・コーラ」リボンボトル誕生までの道のり [前篇]

西村 大変ありがたいことに、発売直後から大きな反響をいただいています。たくさんのお客様が驚きとともに“リボンボトル”の写真や動画をSNSに投稿してくださり、それがさらにシェアやリツイートされ、話題が話題を呼んでいる状況です。ここまで反響をいただくことはなかなかないので、非常に手応えを感じていますね。特に、「このラベルを考えた人、天才!」というツイートを見たときは、これまでの努力が報われた気がして、とても嬉しかったです。

──売り上げはどうですか?

西村 はい。売れ行きも非常に好調で、販売本数は予想以上の伸びを記録しています。

すべては“前例のない挑戦”から始まった。日本初上陸「コカ・コーラ」リボンボトル誕生までの道のり [前篇]

マーケティング本部 西村香里さん

──“リボンボトル”は今回が日本初上陸とのことですが、ラベルをはがしてテープを引っ張るとリボンになる、というアイディアは、いつ、どこで生まれたのでしょう。

西村 2013年に南米のコロンビアでプロモーション用に導入されたのが最初です。ただ、当時はまだラベルを1枚ずつボトルに手巻きしている状態で、生産量は限られていました。“リボンボトル”がクリスマスのコアなプロダクトとして登場したのは翌14年、ヨーロッパのウィンターキャンペーンが最初です。

──日本に“リボンボトル”を導入しようと決めたきっかけは何だったのでしょう?

西村 13年のコロンビアの例から、リボンラベルのことは知っていて、14年から何とか日本のキャンペーンでも活用できないかと状況を探っていました。コロンビアの人々がラベルがリボンになる仕掛けに驚いたり、笑顔になったりしている動画を見て、「コカ・コーラ」らしい斬新なアイディアに、すっかり心を奪われてしまいました。「この新鮮な驚きを、日本のお客様にも届けたい」。そう強く思いました。その後ヨーロッパチームからの情報共有で、14年のクリスマスキャンペーンで、リボンラベルの量産化が可能になったことを知り、それならば日本でもぜひ実現させたい! と動き始めたのが、このプロジェクトの始まりです。

松岡 正直に言うと、西村さんから“リボンボトル”について打診されたときは、まさか本当に実現できるとは思っていませんでした。特殊な仕様のラベルですし、当初は量産できるかどうかさえ分からない状況でしたから。「ラベルを1枚ずつ手巻きするなんて無理だろう」と(笑)。そこでヨーロッパのR&Dチームに問い合わせると、彼らがヨーロッパのラベルメーカーと共同開発したリボンラベル専用の製造装置があることが分かりました。こうしてラベルの量産の可能性が見えてきたことで、具体的な検討が始まったんです。

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技術・サプライチェーン本部 松岡建之さん

──それはいつ頃のことでしたか?

西村 15年の春頃ですね。その後もヨーロッパチームのサポートを受けながら、ラベルメーカーと密なやり取りを続けて実現可能性を探り、16年の冬に全国展開することを目指していました。

すべては“前例のない挑戦”から始まった。日本初上陸「コカ・コーラ」リボンボトル誕生までの道のり [前篇]

コカ・コーラ」リボンボトルとウィンターキャンペーンのディスプレイ
日本コカ・コーラ本社

 

■リボンラベルをつくれるのは、海外だけ!

──実際にプロジェクトが始動してからは、どのようなプロセスを経ていったのでしょうか。

西村 まずは、とにかく試してみようということで、ヨーロッパの工場で日本仕様のラベルサンプルをつくってもらうことにしました。

村田 ただ、問題だったのは、リボンラベルをつくれる製造装置が海外にしかないということでした。通常、日本のコカ・コーラ社製品のラベルはすべて国内のラベルメーカーが製造します。でも今回のリボンラベルは、海外の工場で製造したものを輸入し、日本の工場でラベリングするという前例のない手法を採用したため、通常のラベル製造にはないさまざまな調整プロセスが多く発生しました。

すべては“前例のない挑戦”から始まった。日本初上陸「コカ・コーラ」リボンボトル誕生までの道のり [前篇]

 

技術・サプライチェーン本部 村田昌美さん

松岡 しかも、ボトルやラベルの形状は、同じ500mlPETボトルでも各国でそれぞれ微妙に異なっているんですね。もちろん、ラベルに関しても、1枚ずつ裁断する前のロールの芯の形状や大きさも違う。ヨーロッパの工場で日本の規格に合うラベルがつくれるかどうかは、大きな懸念事項でした。

村田 案の定、届いたサンプルを見て一同、驚愕しましたね。梱包形状やロールの仕様も日本のものとはまったく異なっていて……。でもスケジュール的に、年内には検証を終えなければ間に合わない。そんな状況でしたから、ボトラー社に頼み込んで、まずは2ヵ所の工場でラベリングしてもらうことになりました。

すべては“前例のない挑戦”から始まった。日本初上陸「コカ・コーラ」リボンボトル誕生までの道のり [前篇]

──その時点でプロジェクトを断念するという選択肢はなかったのですか?

松岡 それが、ロールに問題はあったものの、実際に巻いてみたら予想以上にうまくいってしまったんですよ。

西村 テストの結果が良かったため、「“リボンボトル”の製造は技術的にも可能性がある」と判断し、いよいよ本格的な量産に向けて準備を始めました。15年末のことです。このときはまだ、メンバーの間にも「このままスムーズに行くのではないか」という楽観的な空気がありましたね。まさかその後に大変な試練が待っているとは、誰も予想していませんでした。

(後篇へつづく)

すべては“前例のない挑戦”から始まった。日本初上陸「コカ・コーラ」リボンボトル誕生までの道のり [前篇]

[写真左]むらた・まさみ / 大手資材メーカー、外資系食品会社を経て、13年日本コカ・コーラ入社。技術・サプライチェーン本部にて「コカ・コーラ」「ジョージア」などのパッケージ開発を担当。

[写真中央]にしむら・かおり / 市場調査会社、広告代理店を経て、08年日本コカ・コーラ入社。マーケティング本部ビバレッジイノベーションにて女性向け機能性飲料、エナジーカテゴリーにてエナジードリンクブランド「burn」「リアルゴールド」を担当した後、マーケティング本部 炭酸カテゴリー コカ・コーラTMグループにて「コカ・コーラ」を担当。

[写真右]まつおか・けんし / 大手印刷会社を経て、02年日本コカ・コーラ入社。マーケティング本部、イノベーション本部、R&D、技術・サプライチェーン本部にて各種容器の開発を担当。「い・ろ・は・す」の容器開発も行った。現在は、技術・サプライチェーン本部にてパッケージンググループを統括。

>> TVCM 『コカ・コーラ ウィンター リボンボトル』篇(30秒)

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