文=ローラ・ランダル


■ 浜辺で見つけた1930年代製の宝物

アメリカ東海岸のメリーランド州に住むリチャード・ラモットはある日、家の近くの浜辺に打ち上げられた葦や石やさまざまな貝殻の合間に、小さな青みがかった緑色のガラス片を見つけました。それは、川や海の波に何十年も揉まれ続けるうちに、エレガントなすりガラス状に磨き上げられた「コカ・コーラ」ボトルの底の部分でした。

シーグラスのガイドブック『Pure Sea Glass』の執筆者でもあるラモットは、すぐさまそれが1930年代のボトルの一部なのではないかと考えました。なぜなら、ラモットの家のある街の隣街のトルチェスターは、30年代当時保養地として人気があり、ボルチモアなどの大都市から陽光を求める観光客が週末ごとに何万人も訪れていたからです。

「ガラス片は親指くらいの大きさで、完璧に磨き上げられています」とラモットは言います。彼の妻ナンシーは作品にシーグラスを取り入れている宝飾デザイナーですが、ラモットはそのガラス片を自分のためにとっておくことにしました。

「(大切なものだから)妻には、これでアクセサリーをつくらないでくれと頼んだんですよ」と彼は笑って語ります。そのガラス片は今、かれこれ10年の間に二人が見つけてきた宝物の一つとして、特注のキャビネットの中に飾られています(他には、割れた警告灯が磨きあげられてできた赤い塊、古い香水瓶からできたラベンダー色のシーグラス、そして100年ほど前の瓶のふたのつまみだったのではないかと思われる、熊の頭の形をした黄色いガラス粒などが並べられています)。

「コカ・コーラ」ボトル由来のシーグラスが人気沸騰中!?
Why Coca-Cola Bottles Are a Cherished Find for Sea Glass Collectors
写真協力:ナンシー・ラモット




■ ジョージア・グリーン誕生秘話

コカ・コーラ」ボトルは1915年に意匠登録されて以来、さまざまなかたちで脚光を浴びてきました。1950年には『タイム』誌の表紙に登場したほか、アンディ・ウォーホルをはじめとする多くの芸術家の手による不朽の名作としても姿を残しています。

今年は「コカ・コーラ」ボトルの100周年にあたりますが、近年になって新しいタイプの「コカ・コーラ」ボトルファンも登場しています。その涼しげな緑色と、1世紀の歴史がもたらすノスタルジックな風合いが、シーグラスのコレクターを増やしているのです。

北米シーグラス協会の創立者・前会長で、シーグラスのガイドブック『The Ultimate Guide to Sea Glass』の執筆者であるメアリー・ベス・ビュークは、その魅力を「波間の泡にも似た涼しげな風合いで、まるで海のように美しい。懐かしいと感じる人も多いようです」と説明します。

シーグラスの75%がボトルに由来すると考えられています。その中でも、アメリカ東海岸から日本の海岸まで幅広く見つけることのできる、磨きこまれた古い緑色のシーグラスの大半は「コカ・コーラ」ボトルの欠片からできています。これはコカ・コーラ社が長年緑色のガラス製ボトルを使用してきたことによるものだとラモットは言います。

「1900年代にはボトリング作業の自動化が始まり、ボトリング各社は効率を上げるために透明色や茶色のガラスを使うようになっていきました。ただ、青や緑のガラスが使われなくなる中で、『コカ・コーラ』だけは例外でした。1915年にあの穏やかな緑色を導入して以来、1960年代に至るまで一貫して使用を続けていたのです」

「コカ・コーラ」ボトル由来のシーグラスが人気沸騰中!?
Why Coca-Cola Bottles Are a Cherished Find for Sea Glass Collectors
写真協力:ナンシー・ラモット



ザ コカ・コーラ カンパニー(米国本社)でヘリテージ・コミュニケーション部門を統括するテッド・ライアンによると、1915年以前には、「コカ・コーラ」ボトルにも琥珀色や無色透明のガラスが使用されていました。しかし、「コカ・コーラ」ボトルのデザインを統一するのに合わせて色も標準化することになり、当時「ジャーマン・グリーン」として知られていた薄い緑色が選択されたのです。この色はその後、「コカ・コーラ」発祥の地であるジョージア州にちなんで「ジョージア・グリーン」と呼ばれるようになりました。

「かつて統一デザインを採用した会社は存在しませんでした。デザイン統一の際に選ばれたのが、今日誰もが知っているあの緑色というわけなのですが、色の魅力を失わないように、当社は緑の着色剤の使用を徹底的に推し進めました。さらには、ボトリング会社が安い透明のガラスに戻っているのを見つけると、指定の緑色に直すよう指導しました。そうしてこの色は、会社を象徴する色として確立されていったのです」とライアンは説明します。