森の中を歩くと体内の抗がんタンパク質を増やすなど
人体に良い影響を及ぼすことが実証されました。
驚くべき、「森林セラピー」の効能。
その実際を、医学博士が解説します。

語り=今井通子(医学博士)
文=星野貴彦
写真=村上悦子

いま、なぜ「森林セラピー」なのか

 森を歩くと、気持ちがいい。これは多くの人が自然に感じていることだと思います。日本では30年ほど前に、「日光浴」や「海水浴」にならって「森林浴」という言葉がつくられ、森林の魅力を見直すきっかけになりました。ただ残念ながら、当時は医学的なデータが少なく、森林の効果は「気持ちがいい」にとどまっていました。近年、人の生理的反応を医学的に計測する技術が飛躍的に進んだことで、森林の効能を科学的に立証できるようになってきました。森に入ることは、心身の健康維持や生活習慣病の予防に役立つことがわかってきたのです。そこで登場したのが「森林セラピー」という概念です。私は、登山家であり医師でもあるというキャリアをいかして、森林セラピーの普及に取り組んでいます。

 森林セラピーのポイントは、科学的なエビデンス(証拠)の裏付けがある点です。このため、セラピーを実施する森林に対して、NPO法人森林セラピーソサエティが認定作業を行っています。約6カ月間にわたり現地調査や生理実験などを行い、効能の有無を確認します。認定された場所は「森林セラピー基地」もしくは「森林セラピーロード」として登録されます。2013年3月現在、全国33都道県・53カ所が認定されています。

Amazing Therapy
科学で実証された
「森林セラピー」驚くべき効能

“がん予防にも効く”と言われる根拠

  森林がもつ効果のひとつが、香り成分の「フィトンチッド」です。フィトンチッドとは樹木の発散する香り成分の総称です。このなかにNK活性を高めて免疫機能を高めたり、体内の抗がんタンパク質を増やしたりする効果をもつ成分が含まれていることがわかっています。木の香りは、リラックス効果だけでなく、健康増進にもつながるというわけです。これは木材を使った建物や家具でも同様の効果が認められていますが、香りの発散量は年々減少してしまいます。また樹木の種類によって発散する成分も異なるのですが、詳細な効能の違いはまだわかっていません。このため現時点でフィトンチッドを最も効率的に取り込む方法は、森林に出かけることだといえます。

 また深い森林に囲まれた土地は、空気がきれいです。都市部では、自動車の排ガスなどの影響から二酸化炭素や窒素酸化物の濃度が高くなってしまいますが、森林にはそうした有害物質を吸収する働きがあります。認定を受けている森のほとんどは、森林率が90%以上という自治体にありますが、それはそれだけ清浄な空気のある場所だということになります。

 興味深いデータがあります。2日間の旅行について、森林セラピーと都会の観光地で、ストレスや免疫機能にどのような違いを及ぼすかを研究者が調べました。すると森林セラピーでは、旅行中はストレスが下がり、旅行から帰ってきてからも1カ月、旅行前より免疫機能の高い状態が続きました。一方、都会の観光地に出かけた場合、ストレスは1日目に少し下がるのですが、2日目には元に戻ってしまい、免疫機能には変化はありませんでした。これは人類の歴史を考えれば当然のことだと思います。人類の数万年という歴史のなかで、森から離れて暮らすようになったのは、つい200年ほど前のことです。人の身体は、まだ都市という場所に対応できていないのです。

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「森林セラピー」驚くべき効能

身体を元気にする森林の楽しみ方

 森林セラピーのコツは、森を楽しむことです。好みのタイプや楽しみ方は、人それぞれに違いますから、効果を最大限に高めるためには、「どんな森で、なにを行うか」が重要です。そのお手伝いをするのが「森林セラピーガイド」や「森林セラピスト」と呼ばれる現地の案内人です。森の中を自由に散策するのもいいのですが、ガイドによるプログラムに参加し、適切なアドバイスを受けることで、癒しの効果をより高めることができます。

 ガイドたちはそれぞれの森を熟知していますが、細かな解説を話すわけではありません。解説は最低限に留め、「視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚」という「五感」を駆使して、森の魅力を感じてもらえるように心がけています。それは自然との対話です。息を吸い込むと、木や土の香りに包まれます。ウッドチップの敷かれた歩道には、木漏れ日が差しています。先を急がず、気に入った場所で立ち止まり、森の中で横になります。目をつぶって、耳を澄ますと、五感が研ぎ澄まされていきます。鳥のさえずり。水のせせらぎ。そよ吹く風の音、虫の羽音までも。私の経験では、普段から負荷の高い仕事をしている人ほど、感激してハマることが多いようです。

 森林は人を癒すだけでなく、水源を涵養し、大気を浄化し、豊かな生態系を育むところです。人が生きていくためには、豊かな森が欠かせません。ところが日本の森は、長らく木を切るだけの存在でした。いまでは管理の届かない森も増えています。人の手が入らず、放置されて荒れた森は、本来の機能を十分に発揮できません。森林セラピーは、こうした問題の解決策でもあります。森に人を呼ぶことが、豊かな森を守ることにつながるからです。豊かな森を守るためにも、より多くの人に森林セラピーに親しんでもらえればと思います。

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◆プロフィール

いまい・みちこ/1966年東京女子医科大学卒業。医学博士。在学中に山岳部に入部し登山を始める。67年女性パーティーとして欧州アルプス・マッターホルン北壁登攀に初成功。69年アイガー北壁、71年グランドジョラス北壁と、女性初の欧州三大北壁完登者となる。85年エベレスト中国側チョモランマ峰北壁に挑み、冬季世界最高到達点を記録。87年ネパールヒマラヤ、チョー・オユー峰登頂。現在は、東京農業大学客員教授、International Society of Nature and Forest Medicine(国際自然・森林医学会)会長、国内外のトレッキングツアー、講演などもこなしている。