1899年〜1902年頃に使われていた「コカ・コーラ」ボトル(左)と
1897年に資生堂から発売された、日本初の薬学的処方に基づく化粧水「オイデルミン

 

東京・銀座で創業し、150年近い歴史を積み重ねてきた資生堂。米国ジョージア州アトランタで創業し、およそ130年の歴史を積み重ねてきたコカ・コーラ社。世界的に名前の知られたグローバルカンパニーである両社は、ともに企業の歴史的な資料を保存管理する「アーカイブ」にいち早く取り組んだことでも知られています。なぜ両社はアーカイブを重視するのか。それらをどのようにビジネスに役立ててきたのか。日本におけるアーカイブのパイオニア、資生堂の企業資料館(静岡県掛川市)を訪れ、その意義や利活用法についてお話をうかがいました。

文=庄司里紗
写真=村上悦子

 

資生堂アーカイブの原点は100年前にあり

──資生堂企業資料館は、創業120周年の節目にあたる1992年にオープンされたそうですね。

石井 企業資料館は、1872年の創業から現在に至るまでの歴史やブランド関連資料を一元的に収集・管理するために開設されました。収蔵されている資料の数は、製品パッケージから広告、販促物、社内資料や関連書籍に至るまで、数万点に及びます。また、その一部は一般にも無料で展示公開されています。

──資生堂のアーカイブに対する先駆的な取り組みには、先日来日したザ コカ・コーラ カンパニー(米国本社)のアーキビスト、テッド・ライアンも注目していました。まずは資生堂がアーカイブに注目し、取り組みを進めてきた経緯について教えていただけますか?

石井 当社のアーカイブの原点は、1916年に遡ります。資生堂は日本初の洋風調剤薬局として創業しましたが、創業者の三男・福原信三が1915年に初代社長に就任後、事業の主軸を化粧品へと大きくシフトしました。その事業内容の変更に伴い、当時のメーカーとしては珍しかった意匠部が設立されました。現在の宣伝デザイン部門の前身ですね。

その背景には、資生堂の企業理念を視覚化して消費者に発信し、コーポレートブランド価値を構築するという考えがありました。信三はもともと芸術家志望で、パリへの遊学経験もあり、企業経営に芸術や文化を積極的に取り入れました。その後、1919年には銀座に「資生堂ギャラリー」も開設しています。

資生堂は、1872年に日本初の洋風調剤薬局として銀座で創業。
創業の地は現在、「資生堂パーラー 銀座本店」などが入る
東京銀座資生堂ビルになっている。
写真は資料館に設置されている、当時の銀座の街を復元した模型図

資生堂の「花椿マーク」は、
1918年(大正7年)ごろにはほぼ現在に近いかたちになった。
現在使用されている「花椿マーク」は、1974年(昭和49年)に
グラフィックデザイナーの山名文夫がつくったものだ。

 

──今で言う「コーポレート・アイデンティティ」や「企業文化」にいち早く注目していたのですね。

石井 その通りです。また、資生堂は、美容部員(現在はビューティコンサルタント<BC>に改称)制度も他社に先駆けて取り入れました。美のスペシャリストであるBCには、研修やセミナーを通じて、美容の専門的知識だけでなく資生堂の歴史や企業理念を共有してもらいます。そして、それを製品とともにお客様に伝えるわけです。このように人材育成を通じて価値の共有や伝承に力を入れてきた資生堂は、いい意味で「書生堂」と呼ばれていた時代もありました。

──つまり、資生堂の企業姿勢には、もともとアーカイブの素地となる要素が数多くあった、と。企業として具体的にアーカイブに取り組み始めたのはいつだったのでしょう。

石井 アーカイブの設立につながる大きなきっかけが、創業100年を記念して1972年に発行した「資生堂百年史」です。この百年史を編纂するために、企業OBや取引先の方々、果ては個人のお客様にまで協力いただき、膨大な関連資料が集められたんです。このとき収集された資料が、その後のアーカイブの基礎になりました。

さらに1987年、現・名誉会長である福原義春が10代目社長に就任したことも大きな契機になりました。経済と文化の両立を目指した福原は、企業の基本的な資本である「ヒト・モノ・カネ」に加え、「企業文化」を第4の資本と位置づけ、重要視しました。こうして1990年に企業文化を蓄積・管理するための専門部署「企業文化部」が、1992年に企業資料館が誕生し、現在のアーカイブの原型がかたちづくられたのです。

資生堂企業資料館の石井光学館長

 

■企業文化の共有にアーカイブを活用

──アーカイブの設立には、“経営資本としての企業文化”という資生堂独自の考え方が色濃く反映されているのですね。

石井 アーカイブの設立には、主に二つの目的があります。一つは企業の歴史にまつわる資料を保存・管理し、次世代に伝承していくこと。もう一つは、それらをさまざまな形で利活用していくということです。

アーカイブの基礎を築いた福原は、暗黙知のように引き継がれる社風や企業イメージを指す「企業風土」と、経営理念を体現するための企業姿勢や組織のあり方を意味する「企業文化」を、明確に区別しています。企業風土は再現性に乏しく、ストックもできない。しかし、企業文化は再現性があり、普遍的な価値を持つ。経営資本であるからには、それが容易にアクセスでき、参照でき、利活用できるものでなければならない。だからこそ「風土」ではなく「文化」なのだ、と。

──なるほど。これまでアーカイブがビジネスの上で役立ったり、利活用された事例について具体的に教えていただけますか?

石井 利活用の方向性としては、社内向けと社外向けの2パターンがあります。社内向けの活用事例としては、まず社員研修が挙げられるでしょう。企業資料館の見学を新人研修プログラムに組み込むことによって、社員一人ひとりに企業文化そのものを認知してもらい、ビジネスのコアとなる企業精神やビジョンを伝承することに貢献しています。

企業資料館には、創業以来145年間で発売された代表的な製品が展示されている

1897年に発売された化粧水「オイデルミン」は幾度のリニューアルを経て、
今なお販売されているロングセラー商品。
左端のボトルはフランス人アーティスト、セルジュ・ルタンス
パッケージをデザインした、グローバルに展開しているオイデルミン

 

石井 また、新商品開発やリニューアル、周年記念事業の際の参考資料やインスピレーション源としても、アーカイブは利用されています。最近では「資生堂 七色粉白粉 100周年記念複製版」における活用事例が記憶に新しいですね。「七色粉白粉」は、1917年に発売されたSHISEIDOブランドのメーキャップの原点ともいえる商品。今年、100周年を記念して数量限定で発売された複製版は、発売当時の7色を正確に再現し、パッケージの外観や書体などもオリジナルに忠実な形で復刻し、話題を呼びました。

──アーカイブとして当時の資料がしっかりと残されていたからこそ実現した企画ですね。

石井 近年は、海外の企業展などに収蔵品を出展するケースも増えてきています。資生堂は現在、世界約120ヵ国で事業を行っています。グローバル展開を進める上では、商品の機能を説明するだけではなく、こうした展示で企業の歴史や文化の深みを伝えていくことがブランド認知の後押しになるんです。

とくに歴史や伝統を重んじる欧米では、企業に歴史があるということ自体が一つの価値になる場合もある。アーカイブは、海外におけるブランディングやPRという視点からも高い利用価値を持っています。

加えて、社歴が浅く資生堂の企業文化になじみが薄い海外の社員たちに、社の歴史を伝え、ビジョンを共有し、帰属意識を育むための非常に有効なツールにもなり得ると思っています。

──社外向けにアーカイブが活用された事例にはどのようなものがありますか?

石井 社外の活用事例でも、企業史資料の収蔵品を展示物として美術館や博物館などに貸し出すケースは多いです。一方、近年需要が劇的に伸びているのが、デジタル資料の貸し出しです。マスコミへの取材協力のほか、研究者や教育機関へ資料を提供する機会も増加しています。たとえば、米国のマサチューセッツ工科大学MIT)には、近代日本の歴史や文化を学ぶ授業の教材として、1910〜40年代の資生堂のマーケティング・広告関連資料を多数提供しています。

非常にデザイン性が高い広告のアーカイブを見ることが、
資生堂の思想やアイデンティティを知ることにつながる

 

──資生堂はデジタル・アーカイブの構築にもいち早く取り組んでいると聞きます。

石井 2016年4月に、社内向けのデジタル・アーカイブ「SHISEIDO HISTORY」を公開しました。2,000点以上のデジタル画像を収蔵するほか、製品情報や広告クレジットも網羅し、外国人社員も使えるよう言語も日英バイリンガル対応になっています。著作権など権利関係をクリアするのに時間がかかる場合もありますが、申請からダウンロードまでをワンストップで行えるようになっています。現在は主に商品開発や提案資料やPR素材、デジタルムービーの作成などに活用されています。

また、SNSの公式アカウントを通じて、過去の製品や広告を紹介するケースも増えていますね。こうした利用方法も、長期的にみればユーザーとのエンゲージメントを高め、ファンを増やしていくことにつながっていくと思います。

 

コカ・コーラ社との共通点=文化を物語として伝える

──コカ・コーラ社でも1999年からアーカイブのデジタル化が始まり、現在は2万点以上のデジタル資料を世界中の社員が閲覧・活用できるようになっています。資生堂コカ・コーラ社のアーカイブに対する姿勢には共通する点も多そうです。

石井 そうですね。まず当社とコカ・コーラ社は、薬局として事業をスタートしているオリジン(*薬剤師のジョン・S・ペンバートン博士が発明した『コカ・コーラ』は、米国アトランタの薬局ジェイコブスファーマシーで1886年に初めて販売された)から共通しています。また、広告において、一貫して「五感に訴える」表現を志向してきた点も似ていますね。資生堂も機能を強調すること以上に、化粧品を通じて体験する非日常やワクワク感といった、感覚を刺激するヴィヴィッドな表現(シズル感)を追求し、大切にしてきました。

それはアーカイブに対する姿勢も同様です。たとえば、コカ・コーラ社のアーキビスト、テッド・ライアン氏は先日の講演で「ストーリーテリング」の重要性を述べていましたが、当社もアーカイブに保存された歴史や情報の断片を「物語にして伝えること」を強く意識しながら企業活動を行っています。その背景には、単に製品を売るだけでなく、世の中に新しい価値を創造し、日本文化の一翼を担っていきたい、という資生堂の企業文化が脈々と息づいているのです。

──そんな社会に対する企業としての強い責任感があるからこそ、アーカイブに力を入れる。アーカイブがあるからこそ、新しい発想が生まれ、進むべき方向が見えてくる。そこが両社に共通するポイントかもしれませんね。今後、このようなアーカイブを導入する企業は増えていくと思われますか?

石井 確実に増えてきていると思います。今は他社との差別化が難しい時代。機能面や価格面だけで競争するのは限界があります。一方、プロダクトを企業の物語の一部として訴求できるのがアーカイブの強みであり、それこそが今さまざまな企業にアーカイブが注目される理由だと思います。

取材に訪れた企業資料館は入場無料で一般開放している。
資生堂が収集してきたアート作品を収蔵するアートハウスも隣接

 

──資生堂はアーカイブに関して、今後どのような展開や活用方法を考えていますか?

石井 企業活動がグローバル化する中、多様な言語やそれぞれの地域に最適化された製品や広告制作物をどのようにアーカイブしていくのか、という難題を解決しなければなりません。世界に点在する海外拠点は、それぞれ独自性を保ちながら活動しているため、今後は海外発の資生堂ブランドがどんどん登場する可能性もある。そうなったとき、従来のように日本本社で適切な一元管理ができるかは未知数です。こうしたグローバルな視点に立ったアーカイブの収集・管理手法の確立は、喫緊の課題といえます。

また、将来的には、蓄積された膨大なデータを人工知能などの先端技術を活用してより高度に運用していく……という展開も、夢としては持っています。その前段階として、まずはグローバル化を視野に入れたデジタル・アーカイブのデータベース化に取り組んでいます。テクノロジーの力を借りながら、より包括的なアーカイブ管理や活用ができればベストですね。

いしい・みつのり / 大学卒業後、1990年に株式会社資生堂入社。営業職として地方の支店を3ヵ所ほど担当した後、2001年、広報部に配属。以降、一貫してコーポレート・コミュニケーション活動に携わり、社内報のコンテンツ制作やマスコミの取材対応などを担当する。12年、企業文化部に異動となり、企業文化誌『花椿』の編集長に就任。15年より同部文化資産マネジメントグループマネージャーとして静岡県掛川市の資生堂企業資料館へ赴き、館長を務める。
資生堂企業資料館