日本コカ・コーラには、「学術調査」という名前の部署があります。
名前だけ聞くと「資料を収集したり、研究をしたりしているのかな?」とも思うこの部署。ですが、実はここには、製品の開発から販売までのあらゆるフェーズに密接に関わり、消費者に届けられる製品の安全・安心を守っている人たちがいたのです。
そんな、“縁の下の力持ち”集団「学術調査」の仕事について、
日本コカ・コーラ株式会社 技術本部 学術調査 部長の中川真介に聞きました。

文=崎谷実穂
写真=下屋敷和文

 

■彼らがいないと製品はつくれない!? 影の重要業務「学術調査」とは

──中川さんは、「学術調査」という部署に所属しています。ここはいったいどんな部署なんでしょうか。

中川 日本語だと分かりづらいので、英名を見てもらったほうがいいかもしれません。英語では「Scientific & Regulatory Affairs」と表記し、通称「SRA」と呼ばれています。

Scientificは科学、Regulatoryは規則という意味です。この名の通り、科学の側面と、食品に関わる法律の側面から、製品をサポートする部署なんです。

──学術調査の部署には、何人のスタッフがいるんですか?

中川 私を含めて4人です。実務を担当しているのは3人で、「炭酸飲料」や「お茶」など製品のカテゴリーごとに担当が決まっています。

日本コカ・コーラの安全・安心な製品開発を支えるプロフェッショナル集団! 「学術調査」の仕事に迫る

日本コカ・コーラ株式会社 技術本部 学術調査 部長
中川真介

──学術調査に所属するみなさんは、どういうお仕事をされているのでしょうか。具体的に教えていただけますか。

中川 我々は、製品開発において、製品のコンセプトをつくる段階からブランドチームやR&D(開発部門)の要請に応じて打ち合わせに参加します。そこで、製品で実現したいこと、たとえば「ビタミンCがたくさん摂れる製品をつくりたい」「◯◯の味がする炭酸飲料をつくりたい」といったアイデアを聞き、それを科学的、法律的な面から、どうやったら実現できるかアドバイスします。

9月に発売された「綾鷹 特選茶」の場合は、初期の頃のミーティングで「おいしい特定保健用食品(トクホ)の緑茶をつくりたい」「難消化性デキストリンという関与成分(*特定の保健の目的に資する栄養成分)を使いたい」「脂肪と糖の両方に対してはたらくということを言いたい」といったことが決まりました。

──中川さんたちは、その要件をかなえるためのアドバイスをしていくんですね。

中川 はい。「綾鷹 特選茶」はトクホとして消費者庁の許可を得ることを目指していました。そのためには、ヒトでの臨床試験を実施し、有効性や安全性について科学的根拠を示さなければなりません。その臨床試験をどのように実施するかを考えるのも、我々の仕事です。臨床試験を委託できる会社を見つけ、実施を依頼します。そして、その内容を細かく協議していくのです。

 

■法律を守りながら、いかに製品をアピールするか

──被験者にどのタイミングで、どのくらい製品を飲んでもらって、何の数値を計って……といったことを決めていくということですか?

中川 そうです。臨床試験の結果を見てディスカッションし、報告書をまとめて、論文化するところにも関わります。そのようにして完成した論文と、臨床試験のデータと、製品の企画や趣旨、それをサポートする科学的な根拠などを申請書類としてまとめて、消費者庁に提出します。

行政とのやりとりも我々の担当です。消費者庁とのやり取りが多いですが、場合によっては厚生労働省、農林水産省、保健所などへの報告や、問い合わせなどにも対応します。

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──申請書類を提出したらそこで一段落、ですか?

中川 いえ、トクホ製品の場合は、申請書類を提出してから、消費者庁を中心としたやり取りが発生します。申請書類の内容を行政機関が確認して、記述が不十分だったり、データの詳細確認などがあると、我々の部門に消費者庁を通じて問い合わせがきます。その回答を作成して、送り返す。メールで説明することもありますし、面会で説明することもあります。

──大変ですね……。

中川 いえ、まだまだここからです(笑)。

我々は、パッケージのグラフィックデザインの表示事項にも関わっているんですよ。トクホ製品の場合は、申請書類にパッケージデザインや記載事項を添付しなくてはいけません。まずは、品名、原材料名、内容量、栄養成分表示、賞味期限など、パッケージに表示しなくてはならない基本事項を準備します。トクホの場合はそれに加えて、関与成分の1日あたりの摂取目安量や摂取上の注意なども記載します。あわせてパッケージに記載した製品コピーなどが、法律的な要件に抵触していないかを確認します。

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──パッケージの限られたスペースの中に、記載しなくてはいけないことがたくさんあるんですね。

中川 食品表示法など、加工食品に関する表示制度があるのは、消費者の皆さまに正確な製品情報を提供し、コピーやイラストなどで誤認を招かないようにするためです。我々はおいしくて、楽しい時間を提供する製品をつくるよう日々努力していますので、製品特徴を最大限にアピールしたいんですが、そこには表示に関する法制度があります。法律の文章には、必ずしも適否が明確に記載されているわけではないので、こちらがお伝えしたいことと、消費者に誤認を与えないということのバランスをとっていくのが、とてもむずかしいと思います。

 

■パッケージの絵にも「ルールがある」って知ってた?

──具体的にはどんな事例があるのでしょうか。

中川 パッケージに果物の絵が描かれている飲料って、よくありますよね。あれも、実は含まれる果汁の量や飲料の種類によって、細かくルールが決まっているんです。

まず、果汁というのは、果実を粉砕して搾汁、裏ごしなどをして、皮、種などを取り除いたものをいいます。果汁の使用割合が5%未満のものは、果汁を使っていても原則としては果実の絵が使えないことになっています。もちろん、無果汁の製品も同様です。でも、製品の味や香りをイメージさせる程度の、立体的あるいは写実的でない平面的な「図案化した絵」に限っては、消費者への情報提供の一環として例外的に使用が認められています。

──どの程度が「図案化した絵」なのかは、はっきりしていないですね。

中川 そうなんです。なので、日本果汁協会の担当者とディスカッションしたり、過去製品のパッケージを見たり、さまざまな方法で「図案化した絵」のレベルを確認し、定義する必要があります。過去に日本コカ・コーラから「図案化した絵」を使ったデザインの飲料を販売した際は、日本果汁協会の協力を得て「公正競争規約における規定の解釈」を発行していただき、一定の解釈を得ることができました。

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「図案化した絵」を使用した一例の「ザ・タンサン・レモン」(無果汁)。
レモンの果実のシルエットをデザインに落とし込んでいる

──デザイナーの方も大変そうです。

中川 パッケージのグラフィックをデザインしているチームは、手前味噌ですが、とても優秀なんですよ。日頃から自分たちでも我々の指定する内容を法律とともに読み込んでくださっているので、法律の範囲内で製品の魅力を最大限に伝えられるデザインを提案してくれます。

我々は4人の部署ですが、デザインチームやR&Dチーム、ブランドチーム、包材などをつくるチーム、リーガルチームなど、周りの仲間の協力によって成り立っていると感じます。

──日本のコカ・コーラシステム(*)では、容量の違いも含めると年間で約800種類もの製品が販売されていると聞きました。それを3、4人で分担するとなると……。

中川 500ml、1リットル、1.5リットル、2リットルとPETボトルの容量が変わればパッケージも変わりますし、それらの製品が入れられるダンボール箱の表示も確認する必要があります。数は膨大ですね。

──確認事項がたくさんありますね! そして、パッケージができたらいよいよ販売ですね。

中川 そこにも我々の仕事があります。製品の広告物全般を、食品表示法や健康増進法などの観点からチェックします。宣伝用のポスターやTVCMなどはもちろん、製品のキャップ部分につける広告、店の棚に設置するPOPなど、いくつもあるんです。製品が世の中に出る時のプレスリリースの内容も確認しています。

そして、実はこうした一連の業務が発生するのは新製品の販売時だけではありません。その製品が市場で販売され続けている限りは、ずっとそれをサポートしていく責任があります。

* 原液の供給と製品の企画開発・マーケティングを担う日本コカ・コーラと、製品の製造・販売を担うボトラー社や関連会社などで構成される。

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■やりがいと責任、どちらもずっしりある仕事

──学術調査の仕事をするためには、科学の専門知識と食品の表示に関する法律、どちらの知識も持っていないといけないんですね。どのようなバックグラウンドを持つ方が配属されるのでしょうか。

中川 私自身は、薬剤師です。薬学部を卒業して、製薬メーカーで製品の研究開発に携わっていたんです。だから、薬学、化学、臨床的な知識や、行政対応に関する経験は持っていました。でも、食品表示についてはまったくの素人だったので、転職してから学習しました。いやあ、はじめの頃は本当に何も分からなかったので、必死で勉強しましたね(笑)。

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──学術調査の仕事をする上で、大切なことは何だと思いますか?

中川 分からないこと、変化していくことに楽しく対応すること、でしょうか。そういう気持ちが大切だなと思っています。行政の対応も時代によって変わりますし、消費者のニーズも変化していく。それに対して、「昔はこうだったのに」と振り返っていても、前に進めませんからね。

──中川さんは、どんな時に「この仕事をしていてよかった」と思いますか?

中川 開発のスタート時から寄り添っているので、製品が消費者に愛されて、長く世の中にあり続けるのはうれしいですね。すごく張り合いになります。目の前で担当した製品を買ってくださるお客様を見た時は、「ありがたい」という気持ちでいっぱいになりました。

でもうれしい半面、「お客様が必要な情報を得られるような表示になっているだろうか」、「誤認させるようなことを書いていないか」と不安にもなったんです。誤認を招いて、お客様をがっかりさせたり、健康に影響を与えるようなことがあっては絶対にいけない。責任が重い仕事だと、改めて思いましたね。

[プロフィール]
なかがわ・しんすけ / 薬剤師資格を取得し製薬メーカーの研究所に就職。本社の研究開発部を経て、2008年に日本コカ・コーラ入社。技術本部学術調査にて、製品開発を科学的側面および法律的側面からサポートしている。