コカ・コーラ・チーフ・オリンピック担当・オフィサー」の北島康介さんが、東京 2020 オリンピックへの出場が期待されている若手選手を訪ねる連載企画の第2弾。今回登場いただくのは、日本でもブームとなっているスポーツクライミングの最注目株で、弱冠16歳にしてユースカテゴリーの世界ランキング1位に輝く、白石阿島選手です。
なにごとも、やってみなければ分からない……ということで、白石選手のお話を聞く前に、まずは北島さんがクライミングに初挑戦。果たして結果は?

(連載第1回はこちら

文=細江克弥
写真=松本昇大
動画=手島正裕

都内のクライミングジムで、生まれて初めてクライミング用のシューズを履き、カラフルな壁の“登頂”に挑む北島さん白石選手の言葉を頼りに、手と脚、身体全体を器用に動かします。

「こう?」「そう!」「てことは、こう?」「そう! そっちもピンク」「なるほど。じゃあ、こうか!」「そうそう!」

与えられた課題を見事にクリア。すると、関係者から「おーっ!」と歓声が上がりました。

「『おーっ!』じゃないよ! 俺、一応、元アスリートだから!(笑)」

初心者コースから始めて、続く中級コースも軽々とクリア。三つ目にチャレンジした難関コースこそ攻略できませんでしたが、闘争心に火がついた北島さんは何度もチャレンジ。しかし、力まず、流れるような動きでスルスルと駆け上がる白石選手には到底かないません。これには幾多の激戦を勝ち抜いてきた金メダリストも、「すごすぎる」と感嘆の声をもらします。

チャレンジを終えた“生徒”と“先生”は、ひと息ついて対談へ。体験したからこそ分かる、スポーツクライミングの魅力とは──。

 

■他競技のアスリートも注目するクライミング

──北島さん、初めてのクライミングはいかがでした?

北島 いや~、想像以上に楽しかったです! 実はこの間、ウチの家族もボルダリングを体験して「楽しかった」と言っていたんですよ。それで「俺もやってみたい」とは思っていたんだけど、ホントに楽しかった。

──二つのコースを見事にクリアしましたが、三つ目のコースはかなり難易度の高いものでしたね。

北島 現役時代ほどではないけど、ちょっとだけ闘争心に火がつきましたね(笑)。楽しいからトライしたいという気持ちが芽生えるし、できないことで「悔しい」という感情もこみ上げてきて、「できるようになりたい」と思える。今日は阿島ちゃんが身体の使い方を上手に教えてくれたので、それも嬉しかったです。

北島康介さんが世界ランキング1位のクライマー・ 白石阿島選手に伝授した「勝者のメンタリティ」

これが、北島さんが苦戦した難関コース。
手前側に急な傾斜がついていて、ホールド(壁についた突起物のこと)が
掴みづらい形状になっている

白石 北島さんは、身体の動きがとてもキレイでした。クライミングは腕の力だけじゃなく、脚の力も大事なんです。身体全体をバランス良く使う必要があるから、自分の身体のことをよく分かってなきゃいけなくて。そういうセンスは、ビギナーでも、クライミングする姿を見ればすぐに分かるんですよ。

北島 俺、どうだった?

白石 さすがだなと思いました(笑)。

北島 おー! 良かったぁ。

白石 やっぱりアスリートだから、身体の使い方をよく知っているなと思いました。脚を使うことを忘れないし、身体のセンター(軸)を意識できている。すごくいいクライミングでした。

北島 ありがとう。最後に挑戦したコースは、自分も含めて他のアスリートだってそう簡単にはクリアできないだろうと思うくらい難しいんだけど、アスリートにはチャレンジ精神があるし、負けず嫌いだろうからめちゃくちゃ楽しめると思う。最近では、オリンピック強化選手が集まるナショナルトレーニングセンター(東京都北区)にもクライミング設備が整っていて、いろいろな競技の選手たちがトレーニングの一環として取り入れているんだよね。阿島ちゃんが言った通り、身体全体でバランスを取るから、それがすごくいい体幹のトレーニングになる。

北島康介さんが世界ランキング1位のクライマー・ 白石阿島選手に伝授した「勝者のメンタリティ」

「もう無理!」と口では言いながらも、何度も挑戦していた北島さん
負けん気の強さが前面に出ていた

──北島さんも、身体の軸をうまく使えた感覚があったのでは?

北島 いやいや、まったく。だって、今、両腕パンパンだもん(笑)。阿島ちゃんは、腕がパンパンになるようなことはないでしょ?

白石 難しいコースに挑戦するときは、私もなります。登り方をちゃんとイメージできないままチャレンジすると、常に100%の力で登ってしまうことになっちゃうから。ゆっくり呼吸もできない状態で休まずトライし続けて、すぐに疲れちゃうんです。そういうところって、水泳と似てますか?

北島 確かにそうかも。ただ、クライミングはコースが変われば登り方も変わるから、それが楽しいと感じられるポイントなんじゃないかと思うけど、水泳の場合はいつでも“まっすぐ泳ぐだけ”で、そこまで楽しくないからね(笑)。ちなみに、阿島ちゃんはクライミングのためにどんなトレーニングをしているの?

白石 私の場合、クライミングしかやらないんです。選手によって違うんですけど、まだ16歳だから筋力トレーニングはやらないほうがいいかなと思っていて。たぶん、もう少し大人になったらやるのかなと思います。

北島康介さんが世界ランキング1位のクライマー・ 白石阿島選手に伝授した「勝者のメンタリティ」

ホールドの掴み方や脚の使い方のレクチャーを受けているところ。
力ずくで登ろうとはせず、身体全体の使い方をきちんと考える

 

■“踊りながら登る”のが白石阿島スタイル

──白石さんは、6歳でクライミングを始めたとお聞きしました。どんなきっかけがあったんですか?

白石 ニューヨークのセントラルパークにRat Rock(ラット・ロック)という大きな岩があるんです。オジさんたちがその岩を登っているのを見て「私もやってみたい!」と思いました。まだ6歳だったし、外岩だから危ないんですけど、じっと見ていたら「面白そう!」という気持ちがどんどん大きくなって。それからすぐにハマって、毎日のように公園に行きました。

北島 そうなんだ。

北島康介さんが世界ランキング1位のクライマー・ 白石阿島選手に伝授した「勝者のメンタリティ」

クライミングの際は必ず専用シューズを着用。
足先をホールドに掛けやすいよう、つま先が親指方面に曲がっている

北島康介さんが世界ランキング1位のクライマー・ 白石阿島選手に伝授した「勝者のメンタリティ」

自分の進む方向を見渡し、一瞬で登り方を計算

北島康介さんが世界ランキング1位のクライマー・ 白石阿島選手に伝授した「勝者のメンタリティ」

クライミングジム内では最も高難度のコースも
楽々とクリアしていた白石選手

白石 始めたばかりの頃は、一番簡単な課題であってもまったく対応できませんでした。でも、ちょっとずつできることが増えていくと、どんどんうまくなることが嬉しく感じられるようになって、「もっとやりたい!」と思えたんです。クライミングにハマる前は、水泳とか、体操とか、フィギュアスケートもやっていました。でも、「うまくなりたい!」と感じてからはクライミングばっかり。

北島 どんなところが面白い?

白石 動き方がすごく独特で、“踊りながら登る”みたいなところがすごくいいなって。クライミングは、動き方を間違えるとすぐに腕が疲れてしまうし、自分のスタイルを見つけるのがすごく大切なんです。そういう部分が面白いなって。でも、試合ではやっぱり緊張します。

北島 僕もそうだったよ。周りからは“緊張しない人”みたいに見られるんだけど、特に、“狙った大会”やオリンピックでは、めっちゃ緊張してた。ただ、結果的にはそういう緊張が集中力につながるんだよね。むしろ緊張しないと100%以上の力を出せないし、自信を持って試合に出るときのワクワクする感情も、緊張の一種だと思う。それこそがアスリートとしての醍醐味であるとも思うから、阿島ちゃんもこれからたくさん“いい緊張”を味わえると思うけど、それって、すごく素敵なことだと思う。

白石 そっかあ……。

──白石さんは岩を登るクライミングでもすごい成績を残していますよね。14歳のときには、女性初、史上最年少で「V15」(*コースの難度を示すグレード。V0からV16まであり、数字が大きいほど難度が高い)の難易度をクリアしています(宮崎県・比叡山)。

白石 はい。私は試合に出場することも楽しいけど、やっぱり外岩を登るのがすごく好きで、そのチャレンジを大切にしているんです。

北島 むしろ、それがクライミングの原点だもんね。ちなみに、岩を見つけると「登れるかな?」と思っちゃう?

北島康介さんが世界ランキング1位のクライマー・ 白石阿島選手に伝授した「勝者のメンタリティ」

いったんクライミングから離れれば、普通の16歳の顔になる。
日本でいえば高校1年生の年齢だ。
あどけない笑顔が印象的だった

白石 写真でキレイな岩を見ると「登ってみたい!」と思っちゃったり(笑)。写真を見ればすぐに分かるんですよ。カッコいい岩は世界中にあって、南アフリカやオーストラリアの岩はすっごくキレイでした。

北島 カッコいい岩かあ……。そういう目で岩を見たことはなかった(笑)。

 

■もっともっと、大きなゴールを見つけたい

──東京 2020 オリンピックの正式種目として採用されたスポーツクライミングは、「リード」「ボルダリング」「スピード」という3種目の総合得点によって順位が決まる方式が採用されています。現在、19歳以下のユースカテゴリーに所属する白石さんは、リードとボルダリングの2種目で、2015年から3年連続で世界ランキング1位に輝いていますね。

北島 すごいなあ。

白石 1位になれることは、すごく嬉しいです。でも、一つの試合に勝ってもすぐに次の試合があるから、感覚としては自分の“ヒストリー”として積み上げていく感じというか。やっぱり、アスリートとして「もっともっと大きなゴールを見つけたい」という気持ちになります。

北島康介さんが世界ランキング1位のクライマー・ 白石阿島選手に伝授した「勝者のメンタリティ」

これまでに、数々のアスリートの競技を目の当たりにしてきた北島さんでも、
白石選手の身体の動きには感服していた

北島 僕の場合は“勝つ”ことに加えて“記録”に対するチャレンジもあったから、どちらかと言うと「自分の記録を超えたい」という気持ちを強く持っていたんだよね。3年以上も自己ベストを出せない時期もあったけど、そういうときに助けてくれたのがメダルだった。記録が出なくても勝つことで救われたし、逆に、記録が出ても勝てないこともある。それを20年以上もずっと続けていたわけだけど……。ところで、クライミングの選手ってどれくらいの年齢で引退するの?

白石 中には40歳くらいまで続ける人もいるけど、競技選手としては30歳くらいで引退するのが普通です。やっぱり、疲れちゃうから(笑)。

北島 分かる! 僕も30歳過ぎてからいつも疲れてたもん(笑)。

──白石さん、19歳で迎える東京 2020 オリンピックについてはどう考えていますか?

白石 クライミングが初めて正式種目として採用される大会なので、どういう大会になるのかイメージできなくて、ちょっと緊張しています。オリンピックには世界から男女20人ずつしか出られないと聞いているので、出場資格を得るだけでもすごく大変だなって。スポーツクライミングは3種目の総合得点で競うので、私の場合は普段あまり力を入れていない「スピード」も頑張らないと。

北島康介さんが世界ランキング1位のクライマー・ 白石阿島選手に伝授した「勝者のメンタリティ」

実は取材当日、上海での大会を終え日本に戻ってきたばかりだった白石選手
それでも「北島さんに会うことを楽しみにしていた」と、
ちょっとした空き時間にも、嬉しそうに話をしていた

──白石さんはアメリカと日本の国籍を持っているため、どちらの代表として出場するのかも注目されています。それはこれからじっくり考えて決めると思うのですが、いずれにしても、オリンピックには出場してみたいと思いますか?

白石 もちろんです。ずっと前から「オリンピック競技にクライミングが入ってくれたらいいな」と思っていたので、ぜひ出場してみたいです。

北島 クライミング以外にも、東京 2020 オリンピックから加わる新しい種目もあるし、本当に、世界の注目が一気に集まる大会だからね。中にはプロスポーツのアスリートとして既に活躍している選手もたくさんいるけど、そういう選手でさえ、オリンピックに出場すると「最高だった」「もう1回出たい」と言う。僕自身もそれを実感させてもらったからこそ、本当の意味での“祭典”としての盛り上がりを、ぜひ感じてほしい。いろいろな競技の選手に、それを体感してほしいなと思うんです。

白石 はい。私も、オリンピックに向けて頑張ります。

北島 阿島ちゃんのクライミングを見て、今日の僕と同じように驚いたり、感動する人がたくさんいると思うよ。そうすれば、きっと競技人口も増えていくんじゃないかな。僕も、一人でも多くの人に実際にチャレンジしてみてほしいなと思う。だって、クライミングの難しさと両腕がパンパンになる感覚は、やってみないと分からないもん!(笑)

北島康介さんが世界ランキング1位のクライマー・ 白石阿島選手に伝授した「勝者のメンタリティ」

<プロフィール>
きたじま・こうすけ / 1982年東京都生まれ。5歳から水泳を始める。2000年シドニーオリンピック大会に出場、100m平泳ぎで4位入賞。04年アテネオリンピック大会及び08年北京オリンピック大会100m・200m平泳ぎにおいて日本人唯一の二大会連続二種目で金メダルを獲得した。16年4月、惜しまれながらも現役引退。現在は、「コカ・コーラ・チーフ・オリンピック担当・オフィサー」としても活動。14年6月より東京都水泳協会の理事を務め、15年1月より自身の冠大会「KOSUKE KITAJIMA CUP」を開催。

しらいし・あしま / 01年ニューヨーク市生まれ。6歳のときに初めてセントラルパークでクライミングをする人を見て、自身も始める。8歳のときには、次々に記録を塗り替え、難度V10の岩場「パワー・オブ・サイレンス」の完登に最年少で成功。16年3月には、難度V15の岩場の完登に成功。この驚異的な業績により、V15の完登に成功した史上初の女性クライマーとなり、さらに男女問わず史上最年少のクライマーとなった。10年以来、ABSユース全米選手権を連覇。16年には、世界ユース選手権のリード、ボルダリング両部門でも優勝を果たし、3連覇を達成。14年、「TEDxTeen」でスピーチをし、15年にはTIME誌の“最も影響力のあるティーン30人”の一人に、16年には雑誌『GQ(海外版)』の60周年特別号で“世界で最も期待されている若手アスリート10人”の一人に選出されるなど、国内外のメディアの注目を集めている。

 

[取材協力]
クライミングジム『グラビティリサーチ銀座
住所:東京都中央区銀座6-6-1 銀座風月堂ビル6F
電話:03-6264-5353
営業時間:月~金/14:00~23:00 土日祝/11:00~21:00
https://www.gravity-research.jp/

 

*過去の連載記事はこちら
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