「コカ・コーラ愛飲家」の批評家・宇野常寛氏が、
コカ・コーラ社製品と自身の日常との接点、
そして、その記憶を詳らかにした連続エッセイです。
第2回目は、京都での下宿生活時に出会った
カナダドライ ジンジャーエールについて。

文=宇野常寛

 ちょうど10年ほど前京都に住んでいた頃、たぶん半年くらい、詳しい事情は無駄にややこしいので書かないけれど僕にはほとんど「何もしていない」時期が、今思えば「人生の夏休み」のような時期があった。その後すぐに割と普通に就職してしまったし、当時は家庭の事情で月の半分くらいは実家にいたので、それほど長い時間ではなかったのだけど、今思うと、不意にもう二度と手に入らないようなまったくの空白の時間が存在したのは間違いない。

 当時の生活は、本当に気楽だったと思う。僕は昔から朝型なので、朝は割と早く起きる。地元のアナウンサーが陽気に喋る他愛もないラジオを聴きながら、午前中のうちにその日のやるべきことをやってしまう。そして午前10時ごろに自転車を引っ張り出して、まず近所の図書館(右京区太秦の右京中央図書館)に向かう。そこで読み終わった本を返したあとは、天神川沿いを南下して、西京極周辺のコロッケ屋(当時は市内に数店舗あったが、今は円町店だけが営業しているようだ)で弁当とお茶を買って、西京極公園か桂川の土手で食べる。これが朝食兼、昼食だ。

 そのまま桂川沿いのサイクリングコースを南下して、久世橋のたもとのBOOKOFFと、国道171号沿いの古本と中古ゲームと中古フィギュアを取り扱うお店を物色する。場合によっては、そのまま171号線を南下し、向日市のトイザらスも覗く。帰り道はショッピングモールの京都ファミリーの大垣書店で新刊をチェックした後、太秦の古本市場とBOOKOFFを経由して午前中と同じ右京中央図書館にたどり着く。そこでめぼしい本を借りて、太秦のスーパーマーケットのライフで夕食を買う(たいてい御惣菜コーナーの弁当やおにぎりの、それも値崩れしているものばかりだった)。

 下宿に戻ったあとは、本を読むか、ナイターを見るか(当時僕は巨人ファンだった)、ケーブルテレビで昔の映画やドラマやアニメや特撮を観ていて、だいたい日付が変わる頃に寝てしまっていた。

 今思うと、ほんとうにいい身分だったなと思うのだけれど、このとき僕は、たぶん34年の人生で唯一、お酒を飲んでいた。下宿で、たった一人で。

 何をきっかけにして、そうし始めたのかは思い出せないのだけれど、この頃の僕は、いつも安い焼酎を近所のスーパーでよく売っていたカナダドライ ジンジャーエールの500ミリペットボトルで割って飲んでいた。

 根っからの甘党の僕は、根本的にお酒の苦い味が好きではなかった。だけど口にしたのは、20歳を過ぎた頃に「これも大人のたしなみだ」と思って、がんばって背伸びした、というのが正直なところだ。今でも飲めなくはないけれど、正直、好きではない。しかし、この時期の僕は、ほとんど毎日、夕飯の余ったおかず(スーパーで買ったアジフライやカキフライなど、揚げ物が多かった。そんな食生活をしていてもまったく太らなかった当時の自分の身体がほんとうに惜しい)をツマミに、毎日焼酎のカナダドライ割を飲んでいた。それをちびちびやりながら、読みかけの本やテレビの画面にひとり突っ込みをいれていた。

 晴耕雨読というか、いや、何も耕していないから晴読雨読というか「酒と読書の日々」みたいな生活をしている自分に酔っていたのかもしれないし、夜にいろいろ嫌なことを思い出したくなくて、脳を少しでも麻痺させたかったのかもしれない。

 僕は、焼酎が切れてもそれを積極的に補給しようとはしなかった。でもカナダドライを飲みながら夜過ごす習慣はしばらく続いた。そして僕は、あるときふと、あ、“やっぱり”自分はお酒の味が根本的に好きじゃないんだな、と気づいたのだ。

 ちなみに、当時の僕には、もしかしたら付き合えるかもな、とか思っていた女友達がいて、彼女にその話をしたら普通のスーパーでは売っていない美味しいジンジャーエールがある、といって1本プレゼントしてくれた。今思うと、かなり有名なブランドの商品だったと思うのだが、それはいわゆる辛口のイギリス風ジンジャーエールで、「根っからの甘党」の僕の口には合わなかった。

 だから、という訳ではないけれど、そのあと彼女とはあまり会わなくなった。実家との往復が激しくなって僕の長い「夏休み」は終わって、気が付いたら毎日スーツを着て会社出勤するようになっていた。会社員生活の最初の頃は、少し背伸びして上司や先輩のお酒を付き合うことが多かった。上京して物書きになって最初の何年かも、まあ、飲めなくはないのでそれなりに付き合っていた。

 僕がお酒をやめようと思ったのは、たぶん数年ぶりに仕事で京都に立ち寄ったときだ。僕から見れば京都はあの頃とまったく変わっていなくて、なんというかベタな話だけれど、あのときに、なんとなく初心に帰ろうとか、あまり無理をするのはやめよう、とか思ったのだ。

 今でこそ、コカ・コーラ・ゼロ一筋になった僕はあまりジンジャーエールを飲まなくなった。けれど、時々仕事の会食の席で、僕は「お酒は飲めないので」と前置きをしながらソフトドリンク・メニューにならぶジンジャーエールをつい、頼んでしまうときがある。気の利いた店なら、辛口と甘口を両方揃えているのだけれど、僕は迷うことなく甘口を選ぶことにしている。そして、当時を思い出しながらこれまでやってきたこと、選んできたことは間違いではなかったのだと自分に言い聞かせている。


●    カナダドライ ジンジャーエールについて
  http://www.cocacola.co.jp/brands/canadadry/canadadry01