「コカ・コーラ愛飲家」の批評家・宇野常寛氏が、
コカ・コーラ社製品と自身の日常との接点、
そして、その記憶を詳らかにした連続エッセイです。
3回目は、漫画喫茶で愛飲していたリアルゴールドについて。

文=宇野常寛

 前回に続いて、京都時代のことを書こうと思う。僕は大学の4年間と卒業後の3年間を京都で過ごした。僕はいわゆる転勤族の家庭に育っているので、少年時代までには同じ土地には長くて5年ほどしか住んでおらず、じつは人生でもっとも長く過ごした街はいまのところ京都になる。

  京都時代は衣笠と太秦の間にある花園という街の下宿にずっと住んでいた。その下宿は妙心寺の南門と、吉田兼好の庵があったことで知られる双ヶ丘のあいだあたりにあって、自転車で30分あれば河原町まで出ることもできた。僕は観光地然とした京都の中心街にはあまり興味がもてなかったけれど、住んでいた京都西部の郊外は、なんというか肌に合っていた。そこは適度に再開発され、大型ショッピングセンターとユニクロとブックオフとマクドナルドのドライブスルーが並ぶその一方で、こうした郊外型大型店舗のすぐとなりに、平安時代から1000年続くお寺がある、といったロケーションがしばしば見られる空間だった。このハイブリッドな都市こそが僕の好きな京都であり、そしてこの京都は主に京都市の中心から外れた右京区や西京区近辺にしか成立していなかったように思う。

  さて、そんな京都市右京区にも1999年ごろから漫画喫茶ができはじめた。今となっては若者向けの安価な宿泊施設や、インドア系カップルのデートコースとして、個室型漫画喫茶が基本的な都市のインフラと化した感すらあるが、当時はこの新しいサービスの「定番」の形態が完成されておらず、業者によってさまざまな形態のさまざまなサービスが行われていた。たとえば僕が大学1年生の頃によく通っていた西院(要するに四条西大路のこと)の漫画喫茶(店名は忘れてしまった)は、たしか一定の金額を払うと時間無制限に滞在することができた。現代なら、家出した未成年やホームレス客などの長時間占拠や事実上の居住を回避するためにこのようなサービスは滅多にないはずだが、この頃は漫画喫茶という業界が未成熟だったせいか、こういうアバウトなルールでやっているお店がたまにあったようだ。

  当時の僕は、言論を生業にして世の中を変えよう、などとはまったく思っておらず、大半の学生がそうであるように、いかに安価で長時間を消費できる娯楽を獲得するか、が最大の関心事だった。

  高校時代から長時間立ち読みをするスキルは磨いていたし、今はなくなってしまった京都駅前の近鉄デパートの旭屋書店で長時間「座り読み」するのも好きだった。しかし、一定の金額(値段は忘れてしまったが1500円程度だったように思う)を支払えば無制限に漫画を読むことができる西院の某店の登場は僕の日常を一変させた。月に一回は同店に「籠って」時間の許す限り漫画を読み続けた。今思うと「スラムダンク」や「頭文字D」など、「アニメなどでなんとなく内容の大半は知っているが、1巻からきちんと読んだことのない名作長編漫画」はこの時期に漫画喫茶で読み通したものが多かった。また、僕は当時下宿の部屋の鍵を紛失することが多かった。昼間なら大家さんを呼んで開けてもらうのだが、夜間はそうはいかず、そんなときはたいていあの店に駆け込んで時間を潰した。いつの間にか、店長(といってもその会社の社員ではなく、僕より少し年上のフリーター青年だった)とも仲良くなった。「カリスマ漫画喫茶店長」を目指しているという彼が店番のときは、よく雑談もした。ただ、カリスマを目指しているという割には、相対的に僕の方が大抵のジャンルの漫画には詳しく、あまり選書の参考にはならなかった。しかし、ちょっと頭をよく見せようとか思って「逆張り」したりは絶対しない彼の素直な漫画の感想を聞くのが、僕は好きだった。

  当時の僕は一度入店すると体力の限界が訪れるまで粘り続けることが多かった。そりゃそうだろう。お店のシステム上、いちど1500円を払ってしまえば追い出されないのだから。そして1500円という金額は「ハードカバーの新刊本を古本屋じゃない普通の書店で買う」ことを「贅沢」だと思っていた当時の僕には、決して安くはなかった。だから入店するたびに、僕は「今日は〇時まで粘ろう」と決意して足を踏み入れていた。事前に体調を整えるという意識すらあったと思う。同店はフリードリンク&持ち込み大歓迎のルールだったので、近所のスーパーなどで安い菓子パンやお総菜コーナーのコロッケを買い込んで、僕は店のドアを潜っていた。他の店員が店番のときはともかく、例の店長のときはそんな僕の粘る気満々の入店を楽しそうに迎えてくれた。

  さて、ある意味ここからが本題だ。

  こうして滞在時間無制限の漫画喫茶に入店した際、基本的に僕は体力の限界に挑戦することになった。このとき重要なのはフリードリンクの選択だ。通い始めた頃、僕はドリンクバーにならぶコカ・コーラ社の製品ラインナップに色めき立ち、「これが飲み放題なんてなんてすばらしいんだ」と左から順番に一杯ずつ、全種類のドリンクを味わっていた。コカ・コーラファンタHI-Cカナダドライアクエリアスetc……。

  しかし、ある時期から体力維持を意識してある飲料だけを集中的に飲むようになった。

  それがリアルゴールドである。

  今思うと、8時間も経過するとどちらかといえば眠気が襲ってくることのほうが問題なので、おとなしくコーヒーを飲むのが正解なのだが、当時の僕はコーヒーが(飲めなくはないが)苦手だったので、その選択肢は視野になかったのだ。その結果、僕は少しでも長くこの店に滞在するためにひたすらリアルゴールドを飲むようになった。たしかにリアルゴールドを飲み続けていると胃の底から湧きあがるようなものがあるように感じたし、そもそも僕はこの種のエナジー系飲料の「味」も好きだった。僕にとって漫画喫茶とは、リアルゴールドを飲みながら体力の限界に挑戦する場所だった。

  ちなみに、1年ほどたつと僕はその店にまったく通わなくなった。理由は単純で、ごく近所の、下宿から100メートルもしないパチンコ屋の2階によりリーズナブルなマンガ喫茶が誕生したからだ。

  そのお店は500円払うとフリータイムで開店から夜の7時か8時ごろまで滞在することができた。24時間開店している西院のお店と違って午前11時から夜の11時ごろまでの営業だったが、コストパフォーマンスは決して引けを取らず、その上家から近くて漫画の品ぞろえも良かった。

  そして薄情にも僕は事実上西院の店を捨て、例の店長とも疎遠になってしまった(と、いうかメールアドレスくらいは交換していたけれど、ほぼ店でしかコミュニケーションをとっていなかった)。

  しかし習慣とは恐ろしいもので、僕はお店を近所のものにかえても、ほぼ無意識にドリンクバーではリアルゴールドをコップに注ぐようになっていた。今でも、漫画喫茶には月に一度くらい足を運んでいるが、リアルゴールドを飲んでしまう。そしてそのたびに、西院のあの店ともう名前も忘れてしまった店長のことを思い出す。彼はその後、「カリスマ漫画喫茶店長」になれたのだろうか。