コカ・コーラ愛飲家」の批評家・宇野常寛氏が、
コカ・コーラ社製品と自身の日常との接点、
そして、その記憶を詳らかにした連続エッセイです。
第4回目は、暑さが大の苦手という宇野さんの救世主となった
アクエリアス」の思い出について。

文=宇野常寛


 いわゆる「転勤族」の子弟として少年期を過ごした僕は、北は北海道から南は九州まで、自分で言うのもナンだが実にさまざまな地方に住んできた。したがって、照りつける夏の太陽にも、吹きすさぶ冬の風にも人並み以上に耐性がある・・・・・・と豪語したいところなのだが、実態は逆だ。

 僕は小さいころから暑いのも寒いのも苦手な人間で、長崎時代には、長い夏休みに蒸し風呂のような暑さと湿気の屋外で遊ぶ奴の気が知れずに部屋でテレビばかり見ていたし、北海道時代は氷点下の屋外で活動するなんてのは「生物としての人間」にとって間違った行為であるという謎の理屈のもとにスケートや雪合戦に誘う級友たちを無視して部屋で本ばかり読んでいた。

 その結果、気がつけば完全にインドア系の人間に成長し、夏に海に誘われても泳ぐことができず、冬に旅行に誘われてもスキーとスケートは拒否する人生を送り続けているのだが特に後悔はしていない。

 そんな僕が大学時代を過ごしたのは、この連載でも度々取り上げている京都市内だった。盆地にある京都は世間一般のイメージより夏は暑く、そして冬は寒い。大学進学で京都にやってくる学生のたいていの人間はこの事実を知らずに面食らうことになるのだが、僕もそのうちの一人だった。家族や友人たちは北海道から京都に移り住むにあたって、気候の変化で体調を崩さないかと心配したが、僕はそんな彼らの有難い気遣いを無用のものと一蹴し「北は北海道から南は九州まで経験済みの自分には京都の寒暖の差など誤差の範囲にすぎない」と豪語していた。が、結論から言うと間違っていたのは周囲ではなく僕のほうだった。1999年、大学1年生の夏休み──ノストラダムスの大予言も成就することなく、それなりに平穏に世界が真夏を迎えつつあったころ──僕は、京都の夏の暑さの前に完全にバテていた。

 帯広、函館、札幌と転々としながら北海道で10年近くを過ごしていた僕は、自分でも思っている以上に北の大地にその身体を調教されていたのだ。津軽海峡以北の生態系と気候に過剰適応していたと思われる当時の僕の身体は、逆に京都盆地に滞留する湿気を多分に含んだ熱気にまったく適応できず、気が付いたらほとんど食事がのどを通らない状態になっていた。

 僕は当時から朝食を取る習慣がなかったのだが、この時期は朝起きてから昼過ぎまでほとんど食欲がわかなかった。さすがに夕方近くになるとお腹が減ってきて、近所のコンビニに駆け込んで500円台の弁当を流し込むように食べることが多かった。そうすると、夜までほとんど食欲がわかず、せいぜい同じように近所のコンビニでアイスキャンディー(と、いうか主に「ガリガリ君」)を買って食べる程度で気が済んでしまうのだ。

 こうして気がつくと僕は1日1食で済ませるスタイルを(自分ではさして問題だとも思わず)定着させていた。今思えば完全に夏バテしていたと思うのだが、当時は食費が浮いてラッキーだ、くらいにしか思っていなかった。

 ピーク時は1日1回のコンビニ弁当もロクに食べずにアイスキャンディーばかり1日に何本も食べてお腹を壊しかけたりしていたのだが、その間僕がずっと飲んでいたのがアクエリアスの2リットルPETボトルだった。

 実を言うと、その数カ月前に札幌から京都に引っ越してきた僕がいちばん面を食らったのは「水」だった。地域にもよるが、北海道の水は基本的に夏場でも冷たくて、うまい。カルキの匂いもあまりない。そしてこの水に慣れた状態で本州に戻ると、水道水のぬるさや匂いにウンザリしてしまうことになる。

 かといって、当時の(学生時代の)僕は「水」にお金を払うということをどうしても許容できず、ミネラルウォーターを買うことができなかった。その結果、僕が選んだ選択が、箱買いしたアクエリアスの2リットルPETボトルを常備しておくという生き方だった。この習慣はその後およそ10年近く(結婚後にダイエットをはじめるまで)続いたのだが、今思うと僕があの夏に倒れなかったのは水代わりにアクエリアスの2リットルPETボトルを四六時中がぶ飲みしていたからだったのではないかと思うのだ。

 そう、僕はあの夏、ほとんど固形物を食べていなかったがアクエリアスの2リットルPETボトルだけは約1日1本の割合で消費していたように思う。そして当時の僕にとってアクエリアスは「水代わり」だったので、清涼飲料水に水分だけではなく吸収しやすいエネルギー供給を依存しているという意識はまったくなかったのだ(ちなみに、人間何にでも慣れてしまうもので、翌年から僕は夏の真っ盛りでも平気で天下一品のこってりラーメンに、予算が許せば餃子をつけて注文するようになっていた)。

 あれから10年以上経って、今では趣味のジョギングや散歩(そう、まさに体脂肪率が気になる中年男の健康管理を兼ねた『オヤジ的趣味」だ』の傍らに、カロリーを気にしてアクエリアス ゼロの500ミリリットルのPETボトルを持ち運ぶことが多い。しかし、おそらく当時の僕はむしろカロリー「あり」のこのスポーツ飲料に含まれていたビタミンとミネラルとエネルギーによって辛うじて暑い夏を乗り切っていたのだった。1999年の夏休み、世界の危機ならぬ僕の健康の危機は、アクエリアスによって回避されていた。誰も知らない間に、こっそりと。