駅前にテーブルを広げてケーキを売っている、イブの夜によく見かけるあれだ。机の上に置かれた真四角のパッケージを見るだけで、それが大手チェーン店のものだとすぐに分かる。男は景色の一部と化していて、足を止めようとする人などひとりもいなく、カスミもその流れに押されるようにしてサッと前を通り過ぎた。

 が、カスミは足を止め、もう1度男の方を振り返った。男の目が、真っ赤だったのだ。成人男性が道端で泣いている。その事実は、人を振り返らせるだけのインパクトがある。
 そう、あれはなかなかパンチの効いた出会いだった。
「いくつ、残ってますか?」
 やはり、泣いているようにしか見えない男の真っ赤な目をみながら、カスミは聞いた。ケーキが売れる時間はとうに過ぎている。
「あ、えっと、1、2、3、4、5、」
 テーブルの上のケーキを数える男のサンタ帽を見ながら、カスミは思う。もしかして、それで泣いているのだろうか。そんな馬鹿な。
「6箱です!!」
 男は、まるで自分は泣いてはいないと主張するかのような明るい声で、カスミに言った。唇が、紫に変色している。ずっと外にいて身体が冷えきっているのだろう。可哀想に、と思ったら、
「頂くわ」
 うっかり言っていた。
「え、全部ですか?」
 男以上にカスミはこの展開に驚いていたのだが、
「ええ」
 顔色ひとつ変えずに言ってみたら、その台詞は想像以上にオトナっぽく響き、その音をカスミは痛く気に入った。
「本当に?」
「ええ、頂くわ、すべて」
 もう1度言ってみたら、やはり、脳天からコカ・コーラが噴き出したのかと思うほどスカッとした。
「ありがとうございます!」
 ケーキの入った箱を次々に袋に入れながら、でも男は顔をあげ、カスミの目をみて礼を口にした。ふっと、歯をみせた笑顔が、男からこぼれる。その、キレイに整った歯並びに、カスミは一瞬ドキッとした。ヘンテコなサンタの衣装と真っ赤な目、紫色の唇に気をとられていて気づかなかったが、彼はなかなかハンサムな男だった。
 イケメンとは、何かが少し違う。顔のつくりも整っているのだが、それすらも包み込むような、品の良いオーラのようなものがある。カスミは「イケメン」という単語を乱用して育った世代である。男の人を前にして、ハンサムという言葉が浮かんだのは初めてだった。
 嗚呼。
 カスミは男を見ながら思わず息を漏らす。
 肌が、見惚れるほどに、若い。
「これから、ホームパーティかなにかですか? いいっすね」
 若い男特有の無邪気さで、男がニッと笑って、カスミに聞く。
「もう、そんな時間じゃないでしょう」
 うふふ、と笑うような感じで言おうと思ったのに、カスミの声は、自分の耳にも明らかなほどに暗く重たく響いてしまった。
「••••••。あの、まとめて買って頂いたので、お値引きしますね」
 端数を切り捨ててくれたがそれでもホールケーキ×6個の合計は、1万8,000円。財布の中から1万円札を2枚引き出しながら、ふと芽生えた同情心にしてはなかなか高くついたな、とカスミが思っていると、
「あの、僕、もう、あがるんですけど。ていうか、買って頂いたので、あがれるわけなんですけど、もし、その、もしあれなら、一緒に食べます?」
「え?」