財布を出そうとしたタクミに「いいから」と言い、運転手にサッと1,000円札を渡した自分に、カスミは浸る。年下のイケメンに好意を寄せられる、デキル女に、なった気分だ。少なくとも、初老の運転手の目にはそう映ったに違いない。おつりを受け取りながら、心の中で、カスミは運転手にこっそり言う。

 これから、このコを、知る人ぞ知る、素敵なバーへと連れてゆくの。
「うわぁ!」
 キャンドルライトの灯された店内に入ると、タクミが歓声をあげた。ここは新宿の外れにある、カウンターしかない小さなバーだ。4人並んでしまうといっぱいになるので、満席かもしれないと不安に思っていたのだが、やはり今夜も客がいなかった。
 知る人ぞ知る、といっても先週オープンしたばかりなので知られていないだけである。昼休みにブラブラと歩いていたところバーのチラシを貰い、学生の頃にバイトをしていたカフェの跡地だったため印象に残っていた、というだけだ。
 そんな偶然も、薄暗くムーディな室内で隣に座るタクミの横顔を見ていると、必然だったかのように思えてくる。
「ここ、よく来るんですか? ていうか、いつも、こんな時間まで仕事なんですか?」
「ええ、まぁ。ええ、時々ね」
「カッコイイなぁ。仕事できる女性って。ほんと、僕、そう思います。自分ができないからかもしれないけど••••••」
 駅前でタクミが泣いていたことを思い出したら、記憶の中の赤い目に、改めて胸をグッと掴まれた。
「仕事のはなしは、やめやめ! 今夜は飲も!!」
  明るい声で言うと、タクミが笑いながらカスミの腕に軽く触れてきた。
「だから、俺、弱いんですって!」
「うふふ。でもシャンパン1杯くらい平気でしょ?」
 今度はカスミが、タクミの腕にポンッと触れる。
「あはは。じゃあ、頂きます」
 少し、照れたような目をしたタクミが、カスミに微笑む。
 そんな2人を包み込むように、店内にはうっすらとクリスマスキャロルが流れている。
 なんて、夜だ。
 夢の、ようだ。
 シャンパンポトル1本分の酔いが心地よくまわった頃には、タクミがカウンターの裏に立つ店員となにやら交渉をして、持ち込んだケーキを店内で食べる運びとなっていた。
カスミさん、大丈夫? 食べられる?」
 カスミは、ふわふわと酔った頭で、主導権を握りつつあるタクミを頼もしく、ひどくセクシーに、感じている。
「大丈夫よ〜。私、お酒は強いし、甘いものはもっと大好きなんだからぁ〜」
 そう言ってカスミは、渡された小さなシルバーのフォークにチュッとキスをしてみせる。完全に有頂天気味のそんな仕草ひとつですら、タクミはジッと熱を持った目線でみつめてくるのだから、カスミはもうたまらない。店員によってキレイに切り分けられたショートケーキを、ひと口食べながらも、饒舌になる。